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部員による新シーズンへの意気込み~4年生編~[選手ブログ]

投稿日時:2017/02/22(水) 19:43

小野達哉/主将 「皆についてきてもらうプレイヤーになります」

児玉康一郎/副将 「上智の魂となるべく努力します」

杉山大斗/副将 「最高の結果を成し遂げます」

西村義治/主務 「勝利を勝ち取るために身体を張り続けます。1年間よろしくお願いします。」

妹尾省吾/主務 「大学生活の集大成、出し切ります」

宮尾太郎/S&C 「あの人のようになりたい!と思われるようなプレイヤーになります」

原田涼太/S&C 「怪我なくチームに貢献し、最高のシーズンにします」

魚津昌利/分析 「感謝の気持ちを忘れず、全力で取り組みます」

山田宏綺/分析 「1つ1つの試合、練習に全力で取り組みます」

森正太郎/グラウンド 「悔いの残らないシーズンにします」

礒辺統/グラウンド 「少しずつでも成長できるよう日々の練習に取り組みます」

多田勇気/グラウンド 「自分らしくやります」

山根崚/広報、新歓 「全力で駆け抜けるような一年を送ります」


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(昨年の菅平にて。左上段より森、児玉、魚津、杉山、多田、西村、礒辺、原田、山田、宮尾、山根。左下段より妹尾、小野)

新幹部からの挨拶[選手ブログ]

投稿日時:2017/02/22(水) 18:50

【主将 小野達哉】

2017年度、上智大学ラグビー部主将の小野達哉です。
今年度、私たちは「Intensity」というスローガンを掲げました。この単語には「激しさ、厳しさ」といった意味があります。これには、個々人が目的を持って日々の練習に臨み、練習中は厳しく、試合のような激しさをもって能力を高めることで、試合中の厳しい局面でも競り勝つことができるチームになっていこうという想いを込めています。限られた時間、環境のなかで結果を出すためには、いかに密度の濃い練習をできるかということが非常に重要だと思っています。今年は去年のような悔しい思いをしないためにも、部員一人一人が勝利という目標に向かって日々精進していきます。
今年度も応援のほどよろしくお願いいたします。


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【副将 児玉康一郎】

今年度副将を務めさせて頂く外国語学部ロシア語学科四年の児玉康一郎です。
昨年度は多大なるご支援、ご声援を有難うございました。掲げたチーム目標を達成することは出来ませんでしたが、1勝5敗1分という成績は非常に価値のあるものだと感じております。
この成績に満足する事なく、より充実した結果を得るために一層厳しく努力していきますので、引き続き応援宜しくお願い致します。



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【副将 杉山大斗】

今シーズン副将を務めます、杉山大斗です。
 
「上智が勝つためにはどうすればいいか?」
を問い続ける1年にします。
 
朝6時から始まる唸り声が止まない九段下での筋力トレーニング、対抗戦上位校と流している汗の量に大きな差があるとは思えません
では、勝つ為にどうすればいいのか…『考え続けること』が必要です。
 
 
「その瞬間の練習に何の意味があるのか?
それはどのような状況でこそ活きるのか?
対抗戦上位校に通用するのか?」
練習の密度が変わってきます。
 
考え続けることにより上智しかない、上智オリジナルが生まれるはずです。
現状に満足せず、常に全力で最善で最高の結果を目指すことを上智の文化として発信していきます。
 
応援よろしくお願い致します。


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四年生による大学生活の振り返り その6[選手ブログ]

投稿日時:2016/11/24(木) 09:54

「NO LIMIT」

渡邊 憲生

 引退を目前に控えて振り返ると僕の大学ラグビーは屈辱まみれです。そしてその屈辱は殆ど雪ぐことが出来ず卒業します。前置きしておきますが、僕は上智大学ラグビー部に入って本当に良かったと思っています。でも、屈辱まみれです。
 圧倒的な負け越しを記録して卒業していきます。大好きな先輩方、0Bの皆さんに申し訳ない気持ちで一杯です。どれだけ楽しい学生生活、やり甲斐のある部活をやったとしても振り返って残るのは戦績でしょう。未来の後輩たちは「あんま勝てなかった代の主将の人」程度に僕を認識します。悔しく、情けないです。
 こんな僕の4年間の思い出みたいなブログを書いても需要が全くないのが目に見えているので、後輩たちが悪いお手本にならないために悪いお手本がブログを書きます。
 
 早速ラグビーから逸れますが、僕は格闘技が好きです。高校の時は大学ではジムに入門しようか考えていたくらいです。今でもよく見ます。
 今年、アメリカのUFCで一つの試合がありました。コナー・マクレガー対ネイト・ディアスです。マクレガーは競争激しいUFCで何度も防衛を重ねるスーパーチャンピオン、一方ディアスは好戦的なファイトスタイルで人気はあるものの、決して勝率が高いとは言えません。しかもディアスは負傷選手の代役でわずか2週間前に出場が決まりました。下馬評は圧倒的にマクレガー有利。KOで勝つか一本か、判定だったらつまらない、といったようなマクレガーの勝ち方ばかりに注目が集まっていました。
 しかし蓋を開けてみればまさかのディアスの一本勝ち。最強王者が破れ、興奮と驚きに包まれる中でディアスはインタビューを受けます。僕は彼が最初に言い放った一言が忘れられません。
 
“I’m not surprised, m**********rs”
 
簡単な英語ですが意訳すれば「驚いてんじゃねぇぞこのヤロー」といったところでしょうか。彼は一人で勝利を信じ続けていたのでしょう。ビッグマッチで結果を出すことをひたすら信じ、練習に励み、それが自信となって圧倒的逆境をはね返し、実際に結果を出して世界を驚かせることができたのだと思います。
 
 格闘技のブログみたいなってしまっているので話を本題のラグビーにします。格闘技以上にラグビーは番狂わせが起きません。他力本願で勝つのは不可能と言ってもいいでしょう。勝つには勝つための根拠が必要です。練習量はもちろん根拠になります。しかし最後の最後の1点、2点を分けるのは単純な練習量ではないと思います。「ラグビーに真摯に向き合った時間」これが一番です。僕が1年生の頃の主将である杉浦さんが仰っていたことですが今になって身に沁みています。
 我々上智大学ラグビー部は練習量や環境では劣ります。これは紛れもない事実です。しかし、それを是としてしまえば進歩はなくなってしまいます。逆境を受け入れない、相手がどこであろうと目の前の1勝にこだわってもがき続ける。そうした「真摯に向き合った時間」の積み重ねが理詰めの番狂わせを起こすことに繋がるのではないかと思います。近い未来、後輩たちが次々と勝利を収め口あんぐりの僕に対して「驚いてんじゃねーよこのヤロー!!」と言ってのけてくれることを期待しています。
 
 先日の東大戦、全てを賭けて臨みましたが1点差で敗北。悔い残りまくりです。東大戦もそうですが、今年になって初めて自分が勝てなかったということ以上に後輩たちを勝たしてあげられなかった、応援してくれている人たちを失望させてしまったという思いばかりが湧き出てくるようになりました。遅すぎですね。苦すぎる思い出をまた一個増やしてしまいました。
 ただ、試合はあと一つ残っています。勝つ、勝つ、勝つ。ただひたすら勝つことだけを念じて14年に及ぶラグビー人生最後の時間を過ごしています。僕のラグビー人生はもう終わります。しかし、大好きな上智大学ラグビー部は続いて行きます。自分たちの代の最後の試合が後輩たちの上昇のきっかけになることを願って止みません。
 
 上智大学ラグビー部に関係する皆様、4年間本当にありがとうございました。この部でラグビーが出来て本当に楽しかったです。勝って締めくくりたいと思います。
 
まとまりのない文章になってしまいましたが最後までお付き合い頂きありがとうございました。


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四年生による大学生活の振り返り その5[選手ブログ]

投稿日時:2016/11/16(水) 11:47

「最終戦に向けて」

小森谷亮二



こんにちは。副将・バックスリーダーの小森谷です。

日頃より上智大学ラグビー部を応援してくださり、誠にありがとうございます。

今回のブログでは、東大戦を終えた今の心境と、最終戦に向けた意気込みを綴りたいと思います。


今年5月に受傷した怪我により、僕は半年間もの間試合に出れていませんでした。ほとんどの時間をコーチングに費やしており、プレーヤーではなく BKコーチのような立場になっていました。バックスは、選手一人一人の努力によりスキルは向上し、素晴らしい選手が多くいたため対抗戦でも戦えるレベルまでになりました。
それと同時に、プレーヤーとしての僕の必要性はなくなっていたのです。選手として試合に復帰するのは諦めるべきだと言われたこともあり、複雑な思いのまま10月より僕はコンタクト練習に復帰していきました。

11月初旬、一橋大学とのB戦が組まれました。怪我が治りコンタクト練習に復帰していた僕にとって、選手としてアピールできるラストチャンスです。
B戦の前日、僕は悩みました。「この試合でアピールできなかったら、引退」「うまくいかなかったらどうしよう」。負の思いやプレッシャーで押しつぶされそうになった僕は、寝付けませんでした。しかし徐々に、自分の中である思いが芽生え、考え方が変わっていきました。その想いはシンプルなものですが、自分がここまでラグビーを続けてこられた理由でもあります。

「ラグビーを楽しもう」

自分はなぜラグビーをしているのか?それはラグビーが好きだからです。トライを取れた時、いいキックを蹴れた時、戦っている時の非日常感。その全ての瞬間がたまらなく好きであり、その時間を仲間と共有できることに幸せを感じます。これを思い出した瞬間、自分の中にあった負の感情は自然と消えていき、翌日の試合が楽しみで仕方なくなりました。

翌日、久々にピッチに立ち、キックオフの笛が鳴った時、鳥肌が立ちました。「帰ってきた」。そう実感しました。試合があんなにも楽しいとは思いませんでしたし、体も思い通りに動きました。その結果、翌週の東大戦も北監督の期待によりスタメンとして出場することができました。


翌週の東大戦は結果的には1点差で負け、ラグビー人生で最も悔しい試合となりましたが、今は前を向くしかありません。選手全員があの試合に何かしらの後悔を残していると思います。けれども僕達にはもう、後悔するほどの時間がない。


最終戦の学習院戦は、勝ちます。支えてくださった多くの方々への感謝の想いを胸に、プレーをしたいと思います。ご声援よろしくお願いします。

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「無題」

丸本美穂
 

こんにちは。4年マネージャーの丸本美穂です。あっという間に残り一週間、迎えるは最終戦となってしまいました。

私は大学1年生のとき、なんとなく友達に誘われラグビー部のマネージャーとして入部しました。入部当時はただ同期と仲良く、土日はいろんな大学と試合ができ、楽しい思いをしながら過ごしていました。下級生であったころは大きな仕事を任されることなく、遊び半分で部活をしていました。

しかし3年生になり同期のマネージャーが留学したこともあって、後輩の指導や責任の大きな仕事を任されるようになりました。大変な思いをたくさんしましたが、自分が1番成長できた1年だと思っています。また大変な中で部活に真剣に向き合ったからこそ、いかにラグビー部がたくさんの方々に支えられているかを実感しました。OBの方々や保護者の方々から支援金を頂いたり、毎試合応援に来てくださったりしているところを目の当たりにして、いつまでも後輩気分でゆるゆるしていてはいけない、もっと上智大学ラグビー部にふさわしい人間にならなくてはいけないと思うようになりました。

ラグビー部では、普段の生活では経験のできない貴重な4年間を過ごすことができました。一つ上のマネージャーである高比良さん、矢津さん、最明さんには特に感謝をしています。理解力の低い私のことを見捨てず、共にマネージャーとして活動してきた3年間一つ一つ丁寧に指導してくださいました。本当にありがとうございました。
今後もラグビー部であったからこそ出会えた多くの先輩の方々や後輩、そして同期、人との繋がりを大切にしていきたいと思います。4年間ラグビー部であったことを心から誇りに思っています。
 
ありがとうございました。

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四年生による大学生活の振り返り その4[選手ブログ]

投稿日時:2016/11/09(水) 21:04

「四年間を終えて。」

坂本創


かつて南海ホークスやヤクルトスワローズで監督を務め、4度のリーグ優勝に導いた野村克也は自らの著書の中で「言葉の力の大きさ」を常々語っている。その象徴的なエピソードとして、野村の選手生活3年目の時、当時の監督であった鶴岡一人にかけられた言葉の話がある。野村はそれまでは無名選手であったが、その年のオープン戦から実力を発揮し、徐々に1軍で出場することが多くなっていった。そんなある日、大阪球場の廊下で鶴岡監督とすれ違った際、「おはようございます」と挨拶したところ、いつもであれば「おう」くらいしか返しこなかった監督が「おう」の後に
「お前、ようなったな」
と野村を褒めた。他の人が聞いたら、他愛もない一言かもしれない。しかし野村はめったに自チームの選手をほめることのなかった監督の言葉に「俺のことを見ていてくれている、気にしてくれている。」と感じ、「また、ほめられたい」という思いが、24年間の現役生活を支える大きなモチベーションになったと語っている。

どうしてこの話をしたかというと、僕自身も監督にかけられた他愛もない一言が僕がラグビーを続けているモチベーションになっているといっても過言ではないからだ。

2015年の夏合宿で僕のラグビー人生は1度死んだ。

 みんなより身体は小さく、不器用な僕が唯一得意だったのはラインアウトだった。競り合いだけは体格の差は関係ないという思いが後押ししていたのかもしれない。夏合宿最終戦の相手は駒澤大学だった。その試合の後半から投入された僕に早速、相手ボールラインアウトのチャンスが訪れた。相手が1番前で飛んできたところをすかさず飛んだ。ボールが手にかかかりルーズボールになった。次のプレーに行こうとした。

 着地をした途端、崩れ落ちて立てなくなった。左足に異変を感じて、見るとあり得ない方向に曲がっていた。
その瞬間、「あぁ終わったな。」と思った。

 救急車で運ばれた先の病院で、左足首の脱臼骨折と診断された。怪我の全治は不明だった。その時には、僕はプレーヤー引退を決意していた。

入部当初から線が細く、そのくせ努力が嫌いだった。2年生になり、やっとの思いで体重を64キロから75キロまで増やしたけれど、一部のOBの方には「早くスタッフになれ。」と言われていた。3年生になってもプレーヤーを続けていたのは、意地というより他なかったと思う。そんな僕に全治不明の怪我に打ち勝つ意地や努力を自分自身が持っているとも思えなかったし、むしろ「いい辞め時だ。」とすら思った。

 病院を出た後、その日のうちに北監督が東京まで車で送ってくれた。もし、その車内で何も起きなかったら、僕はこのブログを選手という身分で書いていることはおそらく無かっただろう。菅平の山を下りて、東京に向け高速道路を乗り始めたころ、運転中の北監督は僕に

「あまり落ち込んでないな。」と声をかけた。

それはそうだ。選手を続ける意思があるならいざ知らず、プレーヤー引退を決め込んだ僕には、悲壮感というものは自分でもびっくりするくらい無かった。

「そうですね。そこまでショックはないですね。」と僕は答えた。強がりではなく本心から出た言葉であった。そんな僕に、北監督がかけた言葉をおそらく生涯忘れない。

「俺、お前使いたくなっちゃうんだよ。」

本当に短い言葉だった。ただその言葉は僕の心に深く刺さった。北監督は続けて、僕のラインアウトの競りの動きが流れを変えるプレーであるとも言っていただいた。主力として活躍したこともなく、褒められたことなんてほとんどなかった僕にとって、本当にうれしい言葉だった。同時に、もう一度、選手として試合に出てチームに貢献したいと心の底から思った。

 その後、東京に戻り手術を受けた僕は23年の人生の中で一番、苦しい思いをしてリハビリに取り組んだ。病院では「(競技復帰を考えるより)まず歩けるかどうか。」と言われていたが、2016年の3月に復帰することができた。ここまで来れたのも、北監督の一言があったおかげだと思う。

 このまま順風満帆かと思っていたが、復帰して4か月後の7月にはまた手術を受けることになった。再復帰したのは8月後半の菅平合宿から。あの怪我から1年経っていた。

 再復帰以降、僕はAチームの試合には出場していない。
忸怩たる思いだ。北監督からは「去年の怪我を言い訳にするな。」と言われた。全くその通りであると思う。単純な実力不足だ。4年生として本当に情けないと思う。ただ、引退する最後の最後まで、監督からの言葉を胸に努力していきたい。

ラインアウトの読みや競り合いでは、他の誰にも負けていないと今でも思っている。だからこそ、その他のプレーを普段の練習で少しでもうまくなっていきたい。
「使いたくなっちゃう選手」にまたなれる、その日が来るまで。


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「マネージャー」

森田杏香
 

 

 

4年マネージャーの森田杏花です。あっという間に自分たちの代が引退ブログを書く時期になってしまいました。

 

3年生までの私は、ラグビー部に入部したことを後悔してばかりでした。最初の2年間は、チームの勝利に直接貢献できないマネージャーという立場が嫌で、居なくてもいい存在であるのが嫌で、何の役にも立たない自分がラグビー部にいる意味が本当にわかりませんでした。 

正直、4年になった今でも、マネージャーはいなくても良いものだと思っています。選手が自分たちで出来ないことなんて、ほとんどないと思います。それでも自分がマネージャーとして存在させてもらっている以上、何かマネージャーにしかできないこと、自分にしかできないことを作り出して努力しなければいけないと思いました。

 

私は3年次に留学のため1年間チームを離れ、最上級生としてチームに戻りました。マネージャーとしてのスキルにも人間関係にも1年分のハンデがある中で、どうしたら自分がチームにいる意味ができるのかとても悩みました。チームに戻ってこないほうがよかったんじゃないか、突然帰ってきて最上級生だなんて、受け入れてもらえるだろうか、という思いが常にありました。

でも、チームに戻って改めて自分だからこそできるサポートを考えるようになって、自然と選手も後輩も頼ってきてくれるようになったと思います。何かの役に立てているかはわからないけれど、今は「自分が上智ラグビー部に居てもいいんだ、自分がここにいる意味があるんだ」と思えることが以前より少しだけ増えた気がします。 

 

それから、正直嫌なことだらけだったラグビー部をここまで続けることができた私のモチベーションはずっと、『最後に同期が試合で勝つところを見たいから』でした。

でも今は少し変わっています。この2016年シーズンが始まって、かっこよくて可愛くて力強い後輩たちがどれだけ私たち同期を支えてくれているか痛感しています。だから今の私のモチベーションは、ありきたりではありますが、『ずっと共に過ごしてきた上智ラグビー部が勝つところを見たいから』です。

 

最後の最後は、マネージャーになった自分の選択を後悔したくないです。

勝って、ラグビー部でサポートをしてきて良かった、と思って終わりたいです。

 

残りの練習も試合も、一つ一つを大切に最後まで全力を尽くしたいと思います。

あと19日、よろしくお願いします。

 
(写真は1年生の頃の最終戦です)


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